「埴生の宿」と言ったら場所柄不遜かもしれないけど、我が家は家族五人が暮らすにはコンパクト、狭い。
内外装も必要最低限のものでまとめてもらった。建坪25坪の二階建で、部屋は二つだけ。
一階一室、二階一室、つまり二部屋で家族五人が起居している。
この家に住み始めたころは、子供もまだ小さかったのだが、この一年は長男(15才)が加速度的に成長し、間もなく小生の背を越える勢いだ。(小生は180cm)
因に物干場に吊るされた両者のデニムの長さが随分前から同じになっている。
長女もでかくなった。次男もまだ小ぶりだけど大きくなっている。
妻の背はもう伸びることはないだろうが、存在感は日増しに伸びて?いる。
他方年々オーラの消えて行く(もともとオーラがない)小生が、たまに読書をしようなどど思いつくとまず静かな場所を確保せねばならず、「皆がいない場所」を捜して彷徨うことになる。
そんな時に活躍してくれるのが折りたたみ椅子。
このところは昼寝用にオレンジ色のデッキチェア、読書や書き物にはフォールディングチェアを愛用していた。
2月7日の夜、そのような成り行きで下の部屋で読書をしていた時のこと、フォールディングチェアに腰かけて、背もたれにぐっと寄っかかったら、そのままひっくり返りそうになった。
背もたれが外れてしまったのだ。接続部分を見るとジョイント部材が裂けるようにして壊れている。
こう記すと何だか不良品のようだが決してそうではない。この椅子を買ったのはもう10年以上前のことだから、壊れてしまっても不思議ではない。随分活躍してくれた椅子なのだ。
溶接で直すか、とも思ったけど素人が中途半端にやってまた壊れても何だし、それは止めようと思った。
少し考えた。
フォールディングチェアはスノーピークというブランドのものだ。
今はアウトドアで遊ぶこともめっきり減って、以前ほどカタログを眺めることがなくなったけど、スノーピークとは言えば、アウトドア製品の中ではひときわ丁寧なもの作りで知られたブランドだ。
登山道具製造からスタートし、モノ作りを大切にするところが何となくパタゴニアにも似ていて、カタログも見応えがあるものだった。
そんなメーカーだから、直して使う事はなくても、送ったら今後の役に立つかもしれない。
そんな軽い気持ちでメーカーの公式HPからこのようなメールを送った。
ご担当社様
もう10年以上前と記憶していますが、貴社製のフォールディングチェアを愛用しておりました。
使用は専ら室内で、座り心地もよく、何ら問題なかったのですが、先ほど使用中に背もたれを支える部品が壊れ、背もたれが外れてしまいました。
長年の使用に伴う金属疲労かもしれません。古い製品でもありますし、当方に怪我があったわけではないので、クレームではないのですが、安全にも関わることなので、もしお調べになりたいようでしたらそちら宛にお送りいたします。
特にお調べになる必要がないようでしたら、このメールは無視していただいて結構です。
また、実物ではなく画像等をお送りした方がよければ、そのようにさせて頂きます。
重ねて申し上げますが、この件はクレームでも文句でもありません。
アウトドアで遊ぶことはめっきり減りましたが、貴社のモノ作りに対する姿勢に好感を持ついちファンとして何かお役に立てれば、という程度のことですので、神経質にご対応いただく必要は全くありません。
末筆ながら貴社の益々のご繁栄を心底より祈念申し上げます。
すると、翌日直ぐにカスタマーリレーション課の方からメールが返信されてきた。
製品が壊れた事のお詫びと、怪我がなかったことに安堵した旨の内容。
更に現物を見て修理できるかどうか判断したいので送って欲しいと書いてある。
正直この時点では「多分治らないだろう」と思っていた。
メールには「修理には時間を要するかもしれないが、なるべく早く修理して送る」といったことも書いてあったけど、相当時間がかかるか、治らずにそのまま処分されるか、その程度の考えだった。
だいいち購入して時間が経ち過ぎているし、たかだかと言ったら失礼だけど数千円の椅子だ。
でも、最初の「何かの役に立てば」という気持ちに従って送る事にした。
そして今日。(つまりメールを送ってから72時間以内のこと!)
私のフォールディングチェアが佐川急便で戻って来た。
昼時のことだったので、その場で中身を確認することにした。期待で手が少し震えた。
エアパッキンを剥くと、椅子の足が見えた。
パイプ部分がピカピカになっているので新品かと思った。
もし新品だったら返さなくてはいけない。タダでもらう謂れがないから。
でも新品と思ったのは早合点で、修理されているのは破損した部材とそれと対になる部材、そして足。後の部分は元のままだ。
納品書に同封された「修理完了報告書」には次のように書かれてあった。
この度は、弊社製品でご迷惑をお掛けし申し訳ございませんでした。
旧タイプでした、背ジョイントを現行タイプに交換させて頂きました。
尚、脚パイプの方も弱くなっていた為、一緒に交換させていただきました。
少し胸が熱くなった。
それから「何かの役に立てば」なんて思っていた自分が少し恥ずかしくなった。
メーカーはこちらの発想などとうぜんのことながら越えているのだ。
あらためて椅子を組んで、腰掛けると何とも言えない嬉しい、暖かい気持ちになった。
消費とは、商売とはなんだろう?
誰かが作ったものを買って、又は自分が作ったものを売って、利益を出したり、損をしたり、満足したり、がっかりしたり、長く大切にしたり、すぐに捨ててしまったり...。
消費が活発になることは「景気」という目で見ればよいことだけど、行き過ぎた消費は資源を枯渇させ、CO2を余計に出したり、環境にとって悪い影響を与える。
だから無駄な買い物はなるべく減らしたいし、少し高くても飽きのこない、長持ちしそうな品物を選ぶ。
と言いながら、恐らく私は近いうちにスノーピークの製品を購入するだろう。
厳密に言えば今すぐに必要なものではない。けれどずっと前から欲しいと思っていたものだ。
それは単なる物欲ではなくて、上手く言えないけど、それが壊れた椅子を直して、すぐ送ってくれた人たちに対する、礼儀のような気がするのだ。
壊れたフォールディングチェアは、修理されて、作った人の心をのせて私の手元に戻ってきた。
安くてなんぼの商品が横行する中、多少値段が張ったとしてもこのようにサービスの充実した企業の製品を選択的に購入していくことで、結果的にはモノづくりの現場が活性化し、ついでに環境負荷も抑えられる。
選択的にモノを買うことによって、社会に好循環がもたらされればいいですね。
初コメ失礼いたしました。
投稿情報: FuManchu | 2010年2 月11日 (木) 07:32
物を大事にする気持ち。非常に感銘を受けます。好きな物をいつまでも使用したいと思う気持ちこそが、日本が世界に誇る「MOTTAINAI」の精神だと思います。自身で修理できる物は限られている昨今、こちらのメーカーの様な対応(修理)が効く商品って本当に良い物ですね。
投稿情報: I中間管理職 | 2010年2 月12日 (金) 15:22
FuManchuさん、中間管理職さん、コメントありがとうございます。
ブランドがモノを大切にさせてくれるのだと思いました。恥ずかしながら全ての持ち物をこのように大切にしている訳ではないのです。
分野は違えど、同じモノ作りに携わる者として、本当に勉強になったエピソードでした。
投稿情報: soramori | 2010年2 月12日 (金) 15:40
“「何かの役に立てば」なんて思っていた自分が少し恥ずかしくなった。”
そう思える貴殿もまたスノーピークと同じくらい素晴らしい。
心に少し陽が射しました。
投稿情報: さいのじ | 2010年2 月15日 (月) 17:25
サービスが顧客の想像を超えたところに、驚きと感動があるのかもしれないね。
ところで、ソロ用のテントが欲しいのよ、使う機会はほとんどないのだけど。
投稿情報: soramori | 2010年2 月15日 (月) 20:30
久しぶりに訪問させていただきましたら、なんとも心温まるお話でいい勉強させていただきました。
お子様たちもずいぶん大きくなられたのですね。
投稿情報: sonogi | 2010年2 月20日 (土) 16:19
sonngi様 すっかりご無沙汰してしまいすみません。
こちらはおかげさまで皆元気です。
投稿情報: soramori | 2010年2 月20日 (土) 16:36